内容正文:
鑑真精神に学ぶ
1
目
標
鑑真和上の精神を知って、学び、中日交流のために自分ができることを話し合う。
こうりゅう
わじょう
01
導入
02
1回目の閲読
03
1回目の閲読
04
応用
目次
05
まとめ
01
導 入
質問①:
この人は誰か知っていますか。
鑑真和上
01
導 入
質問①:
この人について何がわかりますか。
動画をみながら、考えましょう。
01
導 入
01
導 入
唐招提寺
(とうしょうだいじ)
東大寺
(とうだいじ)
法隆寺
(ほうりゅうじ)
タスク1:
速めに閲読文を読んで、読みながら、各段落の粗筋をまとめてみよう。
02
1回目の閲読
中国は隋や唐の時代には、国際性豊かな文化が発展していました。ですから、日本へ行く中国人より、中国に留学にくる日本人のほうが多くいました。新しい技術や進んだ文化を求めるために、日本から多くの若者が海を渡って中国にきたのです。その時、日本の仏教が乱れていたので、それを治めてくれる人をまねこうとした日本の僧もいました。
鑑真の
精神に学ぶ
唐の時代、海を渡って日本へ行くのはとても危険なことでした。また、人々が外国へ行くことも禁止されていました。しかし、仏教をよく理解してもらうために、もう54歳になった鑑真は日本へ行くことを決心しました。彼はそれから何度も日本へ渡ろうとしましたが、5回も失敗して、目も見えなくなっていました。それでも彼は諦めませんでした。そして、鑑真は66歳で、6回目にやっと日本に到着しました。
鑑真は日本に着くと、弟子たちと一緒に、僧がも守らなければならない仏教の大切な決まりを日本の僧に教え始めました。
仏教のほかにも、建築や書道など広い分野でいろいろな知識を
伝えて、日本の文化の発展に大きく貢献しました。
鑑真の
精神に学ぶ
日本に行って一度も中国に戻ることなく、75歳でなくなった鑑真は、中日友好交流の歴史に、最も代表的な人物としてその名を残しました。そして現代も、たくさんの人たちが彼の精神に学んで、中日の友好に励んでいます。
鑑真和上が日本へ行った背景
01
鑑真和上の日本渡航
02
日本渡航の歴史的な意義
03
鑑真和上が日本で行ったこと。
04
粗筋
タスク2:
閲読文を丁寧に読んで、読み終わったら、次の質問に答えなさい。5分間をあげます。
03
二回目の閲読
内容の確認
1)それを治めてくれる人をまねこうとした日本の僧もいました。
2)彼はそれから何度も日本へ渡ろうとしましたが、5回も失敗して、目も見えなくなっていました。
「意識形+とします」
質問1
隋や唐の時代、中国はどんな国でしたか。また、その頃、日本はどんな国でしたか。本文のどの部分を読んでそう思ったのか、自分の言葉で答えましょう。
1)隋や唐の時代には、中国は国際性豊かな文化が発展していました。
2)日本は中国ほど発達していなかったと思います。
3)日本から多くの若者が新しい技術や進んだ文化を
求めて中国に来たからです。
質問2
隋や唐の時代、海を渡って日本へ行くのは簡単なことではありませんでした。それはどうしてですか。また、そのころ鑑真はどのような僧でしたか。
日本へ行くことについての事情
鑑真について
1)海を渡ることが危険だった。
2)国から外国に行くことが禁止されていました。
1)54歳の高齢者でした。
2)たくさんの弟子がいる偉い僧でした。
質問3
鑑真は54歳のとき、日本に行くことを決めました。その時からの人生をまとめましょう。
66歳
75歳まで
75歳
すでに目が見えなかった鑑真は6回目で日本に着きました。
仏教・技術・文化を日本で伝えていました。
日本でなくなった。
質問4
鑑真はどのような人だと思いますか。以下の選択から選んでください。
勇気があった人
他人への愛を持っていた人
失敗しても諦めない人
相手の国と平等に交流し、先進的な文化を熱心に伝えていた人
タスク3:
1)鑑真の精神の精神はどんな精神だと思うのか。
2)鑑真の精神を学び、中日交流のために自分ができることを話しあう。
04
話しましょう
宿題:
中日交流のために自分ができることをテーマにして、作文を書いて、発表してください。
05
まとめと宿題
ご清聴ありがとう
ございます!
22
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