内容正文:
课时(20)阅读综合训练(七)(N1)
(1)
私たちは、日々、大量の情報を処理しなければならない現代において、本もまた、「できるだけ速く、たくさん読まなければいけない」という一種の強迫(注1)観念にとらわれている。「速読コンプレックス」と言い換えてもいいかもしれない。しかも、楽をしてそれができるのであれば、言うことはない。巷(ちまた)に溢(あふ)れかえっている速読法を説く本は、そうした心理に巧みにつけこむ(注2)ように書かれている。
もちろん、時と場合によっては、速く読むことも必要だろう。「明日までに大量の資料を読んで書類を作らなければいけない」といった状況下では、速読や斜め読み(注3)は避けられないだろう。しかしそれは、単に一時的な情報の処理であり、書かれた内容を十分に理解し、その知識を、自分の財産として身につけるための読書ではない。単に、情報の渦の中に否応なく巻き込まれてしまっているだけで、自分の人生を、今日のこの瞬間までよりも、さらに豊かで、個性的なものにするための読書ではないのである。
読書を楽しむ秘訣は、何よりも、「速読コンプレックス」から解放されることである!本を速く読まなければならない理由は何もない。速く読もうと思えば、速く読めるような内容の薄い本へと自然と手が伸びがちである。その反対に、ゆっくり読むことを心がけていれば、時間をかけるにふさわしい、手応えのある本を好むようになるだろう。
(平野啓一郎『本の読み方スロー・リーディングの実践』による)
(注1)強迫観念にとらわれている:ここでは、強い思いから逃げられない(注2)~に巧みにつけこむ:ここでは、~をうまく利用する(注3)斜め読み:ざっと読むこと
(50)そうした心理とあるが、どのような心理か。
1.本をたくさん読めるようになりたい
2.大した努力なしに速読法を身につけたい
3.「速読コンプレックス」に縛られずに読みたい
4.内容を理解しなければという思いから解放されたい
(51)筆者によると、速読をしなければならないのはどのようなときか。
1.情報の渦の中に巻き込まれないようにするとき
2.多くの情報を急いで処理しなければならないとき
3.多くの知識を自分のものとして蓄えようとするとき
4.社会の変化の速さに取り残されないようにするとき
(52)筆者によると、読書を楽しむにはどうすればよいか。
1.手応えのある本を繰り返し読むむ
2.本の内容に応じて速さを変えて読む
3.速さにこだわらずできるだけ多くの本を読むむ
4.速さや量にこだわらず時間をかけて本を読むむ
(2)
中学生や高校生の頃、歴史の時間が退屈だった。(中略)
そんな私が四十歳の頃から歴史に興味を持ち始めた。何かを調べるとその辺りに知識の島ができ、別のことを調べるとまた別の島ができる。そのうちに孤立していたはずの二つの島が橋でつながる。「こういうことだったのか」という①驚きがある。一見関係のなさそうな二つのものが結びつくという意外性は、自然科学における醍醐味の最たるものでもある。歴史を調べれば調べるほど島々がネットワークのように結ばれて行く。人間や情報は地球上を移動するから当然なのだが、ネットワークの構築はなぜか脳にすこぶる心地よい。その上あらゆる現象に人間が絡んでいて余計に面白い。②歴史とは地球を舞台とした途方もなく(注1)壮大な演劇なのだ。自分や先祖も舞台の隅の隅の隅で参加している。それに人間の本質は変わらないから、人は似た状況で似たへマ(注2)を何度も繰返す。だから現在を考えるのに実に役立つ。
若い頃にこの面白さに気付いていれば、今と違い記憶力もよかったから強大かつ緻密なネットワークを完成することができ演劇をもっと深く味わえたのにとも思う。無理だったかも知れない。中年にさしかかって初めてこれまで生きてきた、そしてそう遠くない将来に消える自分の立位置を確かめたくなるからだ。家系を調べたくなったり先祖や自らがどのような時代の流れの中で生を受け生を営んできたかを知りたくなる。無邪気なままこの世から退場したくなくなるのだ。十代で歴史に興味を持つ者の気持は私には不思議だが、中年になって歴史に興味を持たない者の気持はそれ以上に不思議だ。
(藤原正彦『週刊新潮』2010年10月28日号による)
(注1)途方もない:とんでもない。比べるものもない。(注2)へマ:失敗
(53)①驚きがあるとあるが、なぜ驚いたのか。
1.調べれば調べるほど、歴史の新しい事実がわかってくるから
2.自分は歴史が嫌いだと思っていたが、実は好きであることを発見したから
3.全く別だと思っていたものの間に、思いがけない関連性が見えてくるから
4.関連性があると思っていたものが、全く関係がない